9.30.2009

寿町ブルース 7

その女性は背が低く、少し浅黒かった。

差し出した僕の手のひらを一瞬凝視し、
顔をあげた。

目がキラリと光る。
確信を得たように2,3度ゆっくりうなずいて、
こう言った。

「うん。大丈夫」

・・・

僕はグッと引き込まれ、
次の言葉を待っていた。
しかし、その女性はただゆっくりとうなずくのみ。
ん?

どんどん前のめりになる僕。
切れずにやたら伸びたような餅、そんな瞬間。

耐えられず発した。
「それだけ?」

女性は大きくうなずく。
「はい」

「え~!!!」
僕は目を押さえながら上を向く、
残念そうなジェスチャー。

「マジで?これで終わり?」
女性は目を光らせて、ただゆっくりとうなずく。
本当に終わりだ。

気合のこもった「大丈夫」
その一言に悪い気はしない。
しかしこの短さにお金が発生するのだろうか・・・

「お金払うの?」

女性はまたもや目でうなずいた。
仕方ない・・・
僕は契約したのだし、
悪いことを言われたのではないのだからと、
お金を支払った。

こんな時僕は律儀と言えばそうなる。
お人好しと言えばそれにも当てはまる。
お気楽な道楽者と言えばそれもそうだ。

「大丈夫」
この言葉は僕の人生を引きずっている。

起伏の激しい人生を送ってきたけれども、
その谷底で「あ~、これヤバいかも」って諦めそうになっても、
いつもどこかで「大丈夫」となり山を駆け上がる。

大丈夫じゃないようで、なんだかんだ大丈夫。
そんな波。
今のところ「大丈夫」だということで、
あの女性は間違っていないと言える。

ああ、なんてお気楽なんだろう。
未だに僕は!

さて、ホームレストリップの最初に
吉を引いた気分になった僕は
気分よく隅田川のほとりを歩き自分の居場所を探した。

住所不定。
つまり、どこに寝ようと構わないということ。
元をただせば地球の土地が誰かの物なんておかしなものだ。

さて今夜はどこを寝床にしようかな。

無限に寝床があり、開放的でした。
だからこそ困る。

普段は天井、壁に囲まれ、外界から守られている。

今夜は雨、騒音、汚染された空気、犬、凶暴な人、
川の嫌な臭い、あらゆる物に対して無防備だ。
むき出しの都会を丸ごと引き受けなくてはならない。
これで落ち着けるわけがない。

まずは雨が降ったときのことを考えよう。
建造物の下で寝られる場所を探した。

ちょうど川の反対側に高速道路が走っていたので、
その下に行ってみる。
しかし高速道路の騒音とその振動、
これは明らかに眠りを邪魔する。

さらにそこから舞い降りてくる
汚染された空気を考えると、
ここは寝場所にふさわしくないと思った。

こんな条件の場所でもダンボール、
着の身着のままホームレスが何人かいた。
周辺を歩いて探したが、無限に土地はあるものの、
シェルター付きという恵まれた環境はなかなかない。

そして条件を満たすところには必ず先着者がいる。

ああ、最初はあきらめよう。

初めに目に付いた高速の下に戻った。

マットの上に寝袋を敷いて、寝転がってみた。
コンクリートの冷たさが体の芯に響く。
川の生臭さに慣れることはあるのだろうか。

騒音と振動が悪趣味な子守歌となった。
まあいい。まだ初日だ。


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