10.05.2009

寿町ブルース 8

カミさんの友人が
今まさに僕が隅田川のほとりにいるのかと
心配していたらしい。

最初に書きましたが、
これは10年以上前の話ですw

今こんなことやったらある意味ネタになるだろうけど、
きっとカミさん逃げていくでしょうね。

今日で寿町~は終わりにします。


朝、目を覚ますと、
コンクリートの無情な硬さで体はこわばり、
起き上がるのに時間がかかりました。

何日か隅田川で過ごし、
周りのホームレスの行動を眺めていました。
ここでは仕事の定義が違うなと最初に感じました。

今日食うための動き。
これが仕事。

例えば空き缶を集めて換金する。
雑誌をゴミ箱から拾って売る。
食べ物そのものをゴミ箱から拾う・・・

今日食うためにみんな働いている。
よっぽど人をだますよりいいのでは?

さすがにゴミ箱から食べ物を探すことは憚れました。
徹底してやるべきだったでしょうか。
〝一度やったら止められない〟
を知る上では欠かせない一つでしょう。

自分では持参した金は最小限だと思って出発したのですが、
この生活には出費がないので、
毎日の糊口をしのぐには十分でした。
しかも三日に一回は銭湯に行っていた。
甘ちゃんな偽ホームレス。

きっとそれぞれ趣が違うだろうと、
場所を変えてみました。
上野公園、新宿中央公園、代々木公園。
中でも代々木公園は
他のホームレスの存在にそれほど気を取られず、
居心地が良かったので三週間ほどいました。  

駒沢公園は最悪でしたね~。
茂みに隠れて寝ていると、
日が昇るか昇らないかの時間に、
散歩に連れられた大型犬が、
発見!とばかりに俺の顔をクンクンやって、
「ワン!」と吠える。

それが一匹だけではない。
鎖から解放されて好き放題やっている犬に、
眠りを妨げられる上に、
歩道から飼い主にも覗かれ、
いたたまれない気分になり、早々に移動しました。

渋谷はマルイの下。

その日は雨が降っていてシェルターが必要でした。
入り口で寝袋を敷き、寝転がって、
その視点から行き交う人々を眺めた。
顔は見えず、せわしなく動く脚のみを観察する。
こう見ると男の脚、つまり革靴にスーツ、
スニーカーにジーンズなど、面白くもなんともない。

しかし女性の、特に若い女性の脚にはすぐに興味が持てる。
ブーツでもヒールでも接地面が少く、
〝カツカツカツ〟とシャープな音がするので、
すぐに反応してチラ見する。
脚の長さや、太さ、筋肉のつき方、
それぞれが特徴あって面白い。
つい顔を見たくなってしまう。大概は見えないのですが…

語らない、無数の脚が行き交い、
自動車のライトの光りが水溜りに反射している。
酔っ払った女の声は、トーンが高く、楽しそうだ。

遠くでクラクションが鳴る。
都会のど真ん中の一つの光景。
下から眺めるとそれは浮いて見えた。
僕は一体こんなところで何をしているのだろうか?

偽ホームレス生活。 
彼らがどういう視点から世の中を見つめているのか?
何か大切なものがあるのか?
日が経つにつれ、
言い知れない侘しさが身に染みてきました。
 
一千万人の人口を抱えている東京、
蜜を求めるように群がった人間の脚。
仕事が終わり、家路に着くのか、
一杯やってから帰るのか。
男を待たせてしまったと急いでいるのであろうか。
仕事に失敗して気を落としているのか、
それとも企画をやり遂げて意気揚々なのか…

それぞれの脚は、それぞれの場所を目指している。
誰もが他人のことに気を回している余裕などない。
偽ホームレスである僕は地面の一部分と化していく。
脚が地面を踏むように、
その一部の僕も通行人に
踏みつけられているような気がしてきた。
無数の脚が地面にへばりついたガムの上を、
気が付かないまま通り過ぎていくよう。


二か月の偽ホームレス生活を経て、
結局僕は深部まで覗くことが出来ないまま
元の生活に戻ることとなりました。

人間は連帯感によって支えられている部分が大きい。
しかしたくさんのホームレスが孤独のまま存在している。
他人との関係が面倒だったり、
信用できなかったりするのだろうか。
ダンボールに身を埋め、石のように生きている。

構ってくれるな、と言う。
それは孤独に打ちひしがれた人間の、
虚勢を張った言葉のように聞こえてならない。
踏まれ続けたガムはもうはがれないのか。
もし人との関わりを完全に閉ざしてしまったのなら、
これほど悲しいものはない。


                       おわり
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