3.10.2010

個の再発見から考える 4

誰もが自分のおさまるべき居場所を探している・・・

 ~今日の個人主義は、かつてのような革命への待望、偉大な理想、若者の異議申し立てなどは決定的に時代遅れになる。それに代わり、一人ひとりに固有なものを、リラックスした空気において、率直かつ自由に表現できることが理想とされる・・・現代の個人主義においては、個人的な活動を動機づけているのは固有のアイデンティティーの追求であって、普遍性の追求ではない。もはやいかなるものであれ、自らの価値と基準を他に押し付けることはできないのである。可能な限り最小の束縛と最大のプライベートな選択によって、より効率的に社会を管理することが新たな社会的目標となる。~


これが全てではないでしょうけど、
宇野さんの言っている個人主義とは、
これまで書かれてきたように、
私的な問題に社会的問題が入り込んでいることへの、
無意識的な拒否反応だと思います。

これは近年問題となっている
ニートにも当てはまるのではないでしょうか。

社会との接触をなるべく減らすことによって、
個にドシンと圧し掛かる社会的重荷を極力なくす・・・

そうであるならば、
ニートは個の問題から目をそらしてるだけではなく、
社会的問題からの自己防衛とも言えそうです。

答えは分かりませんが、
いずれにせよ、
「強くなれ!」というだけの、
前時代的、スポ根的発想では何も変わらないと思います。

宇野さんは固有のアイデンティティーの追求を
自己実現とも言っています。
 
自己実現と聞くと僕はすぐに

マズローの欲求の五段階を思い浮かべます。

自己実現の達成とは、

自己受容と他者受容、文化の超越、
二元性の超越などとなっています。
アートマンの世界にちかいでしょうか。

そんな自己実現を達成すると、
個の極みが単に現れるのではなく、
逆に普遍的な山の頂が見え、
そこへの旅路が始まると思うのです。

ところが現代の個人主義的自己実現はこの五段階が
当てはまらないというのでしょうか?
残念ながら、これは最近の現象なので結果は出ていません。

僕の希望を言いますと、
真に望んでいる固有のアイデンティティーの追求は、
深淵に潜んでいる本当の自分と出会うことであってほしい・・・

さてさて、
ここまで個人主義とはだいたい

どういうものなのかを見てきました。

ここからは、そんな時代背景を踏まえつつ、
やはり、孤立は
問題解決ではないという、
僕なりの危機意識から
社会とどうつないでいくか?
を考えていきたいと思います。

                  つづく


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