12.26.2008

晴れる屋卒業

本日は田中マイコが書きます。

12月25日をもって、週1回働かせてもらっていた
八王子市障がい者通所事業所「晴れる屋」を
卒業することになりました。
http://www.hareru-ya.jp

今年の4月から通って8ヵ月、このブログでも事あるごとに
「晴れる屋」について触れてきました。
http://neo-activism.blogspot.com/2008/05/blog-post_03.html など)
これからも気持ちは晴れる屋の一員ですが、
この区切りで私の思いを記してみたいと思います。

昨日は大掃除をした後、送別会を開いていただきました。
メンバーたまちゃんの絶妙な司会
(始まる前にトイレの中で大声で練習してました!笑)
の下、ほんわかした歓談でした。

素敵な色紙と皆でつくってくれた大きなロウソク、
畑で採れたお野菜、手作り石鹸洗剤、お味噌など
たくさんのお土産と、皆さんの言葉や笑顔をいただきました。

彼らは、博愛のこころを持っていると、私は感じます。

(たかだか30回程通っただけの私がこんなことを書いて
 障害を持っている方やそのご家族、
 もっと密に接して働いている方たちに
 不快な思いを与えてしまったらすみません。
 あくまで個人的な感想なのでご容赦ください。)

垣根なく、理由なく、表裏なく、てらいなく、
晴れる屋に来た人を受け入れる大きな愛を何回も感じました。

初対面の人にあれだけ素直に興味を持ったり
自分たちのことを一生懸命伝えたり、
それぞれのやり方で歓迎の思いを伝えようとする姿に
「自分が必要とされているんだ」と心の奥が緩みます。

もちろん相性の良し悪しや人間関係の絡まりもたまにあります。
自分の気分をストレートに表現する強さは、
ときに喧嘩や涙や怒りを引き起こします。
そして感受性が高いメンバーたちはお互いに影響を受けます。

でも、外から来る人に対する以上に、晴れる屋のメンバー内の
愛情の結びつきや信頼感は高いのです。
スタッフの方たちの接し方、ものの言い方の機微にも
頭が下がります。みんなが本当に自然体。

ひとりひとりが晴れる屋を構成して、なくてはならない人で、
互いに助け合い、注意しあい、切磋琢磨していました。

なぜ、私たちはそういう場をつくることが難しいのでしょう?
家庭が、職場が、社会が、
晴れる屋みたいな関係を築けたら、もっともっと楽しいのに・・・

彼らは、社会の括りでは「知的障害者」かもしれませんが、
想像を超えた力を持っていました。
確実に、私は毎週みんなに癒されていました。

他の施設を見たわけではないのですが、
晴れる屋の魅力が人の気持ちをつかむのは
やはりこの開かれた場を支える小林さんの思いや行動が
あってこそだと思います。

福祉事業を保つことが厳しい時代になりつつあるようですが、
小林さんの志が「晴れる屋」という形になっていること、
そしてそれに出会えたことに感謝し、
勝手ながら、これからもずっと「晴れる屋」が続いていけば
いいなぁと思っています。

またちょくちょく遊びに行きます。
皆さんもぜひ一緒に行きましょう!


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